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青木宣親が中学生に語った、プロになるために最も必要なもの。 野球教室レポート&インタビュー

青木宣親が中学生に語った、プロになるために最も必要なもの。 野球教室レポート&インタビュー

オープンハウスグループが運営する群馬県桐生市にある桐生南高校跡地「KIRINAN BASE」。ここでは中学生硬式野球チーム「桐生南ポニーリーグ」が活動していますが、この日は日米通算2730安打を放った青木宣親さん(2026年より東京ヤクルトスワローズのゼネラルマネージャーに就任)をゲストに、野球教室が開催されました。

野球界のレジェンドとの対面に、中学生たちは何を思うのか。夢に向かって野球に打ち込む少年少女たちに青木さんは何を伝えたのか。本記事では、その熱い交流の瞬間を切り取ってお伝えします。後半には、青木さんのインタビューも。ゼネラルマネージャーに就任したばかりの青木さんに今の思いを聞きました。

  • 青木 宣親

    東京ヤクルトスワローズ ゼネラルマネージャー(GM)。早稲田大学から2003年ドラフト4位でスワローズに入団。最多安打、首位打者、盗塁王、最高出塁率、ゴールデングラブ等、数々のタイトルを獲得。2度のシーズン200安打以上達成はNPB史上初。12年にポスティングシステムでブルワーズに入団。ロイヤルズ、ジャイアンツ、マリナーズを経て、アストロズでは日米通算2000本安打を達成。さらにブルージェイズ、メッツを経て18年スワローズに復帰。21年、日米通算2500安打達成。24年に現役引退し、25年から同球団のGM補佐、26年1月より現職。

    東京ヤクルトスワローズ ゼネラルマネージャー(GM)。早稲田大学から2003年ドラフト4位でスワローズに入団。最多安打、首位打者、盗塁王、最高出塁率、ゴールデングラブ等、数々のタイトルを獲得。2度のシーズン200安打以上達成はNPB史上初。12年にポスティングシステムでブルワーズに入団。ロイヤルズ、ジャイアンツ、マリナーズを経て、アストロズでは日米通算2000本安打を達成。さらにブルージェイズ、メッツを経て18年スワローズに復帰。21年、日米通算2500安打達成。24年に現役引退し、25年から同球団のGM補佐、26年1月より現職。

「熱意が状況を変えていく」。練習前に青木さんが語った次世代へのメッセージ

野球教室は青木さんによる講義からスタート。会場となったKIRINAN BASEの室内練習場には、憧れのスター選手を心待ちにする桐生南ポニーリーグの中学生とその保護者など、総勢120名もの参加者たちが集まりました。

司会進行役は、桐生南ポニーリーグ監督の謝敷正吾さん。大阪桐蔭高校、明治大学と野球のエリートコースを歩み、独立リーグでも活躍した選手で、現在はオープンハウスグループの社員としてKIRINAN BASEの運営も担っています。

そんな謝敷さんの呼び込みで青木さんが現れると、会場は大きな拍手に包まれました。
120人の熱い視線を前に、青木さんは、用意された椅子には着席せず、「後ろの人も見えるように」と立ったまま語り始めます。

「みんなと同じくらいの頃、たぶん俺、みんなより下手だったと思う。特別でもなければ目立った存在でもなかった。高校生までは野球熱があまりなくて、高校3年の夏に県予選で負けた時、なんで自分は野球を一生懸命やらなかったんだろうって後悔して、それからプロ野球選手になるという明確な目標を持って頑張り始めたんです」

そんな話から始まり、バッティングにおけるタイミングの取り方、遠くへ飛ばすために必要なこと、そのための身体の使い方、具体的な練習法、打席での考え方、ミスをした時の考え方、準備においてもっとも大切にしていたこと……など論理的で具体的、なおかつ今日から始められる数々のアドバイスが語られ、子どもだけでなく大人たちまでもがノートを取りながら聞き入ります。

そうしたお話の中、講義のハイライトの一つになったのは質疑応答の場面。中学生からの「僕は体が小さいんですけど、プロ野球選手になれますか?」という質問に、青木さんは「なれます。大丈夫。なれないと思ったら絶対になれないから、それをハンデと思うかどうかだよね」と即答したのでした。

青木さんは続けて、かつてヒューストン・アストロズでチームメイトだったホセ・アルトゥーベ選手を例に出します。アルトゥーベ選手はMLBで3度の首位打者と2度の盗塁王を獲得し、MVPに選ばれたこともある現役のスーパースター。

ただ、彼は最初からスター選手だったわけではありませんでした。身長は160センチ台。体の大きなアスリートが多いアメリカでは、一際小さく見えてしまいます。青木さんがアルトゥーベ選手から聞いた話によると、最初は入団テストにも落ちてしまうほどだったそう。しかし諦めずにテストを受けて合格。そこからMVPにまで上り詰めました。

「彼は一度落ちたテストを翌日にもう一回受けた。『どうせ落ちる』と言われながらも。そしたらそこから道が開けた。そういう熱意が、状況を変えていくんだと思う。だから、誰が何と言おうと、『絶対になれるんだ』と自分で思うこと。誰よりも強く思うこと。どこかで諦めてしまったら実現は難しい。諦めちゃだめ。諦めなければ大概のことは叶うから。

練習がきつくても、毎日やるのがしんどくても、やると決めたらやる。そうしたらそれが自分にとっての普通になって、努力を努力だとも感じなくなる。そうして、これができるようになった、あれができるようになったと小さな成功体験を積み重ねていけば波に乗れる。いけると思えば絶対にいけるから。大丈夫」

青木さん自身も身長175センチと野球選手の中では大きい方ではありません。そんな中、「自分の特徴を生かしてチームに必要な選手になる」と心に決め、プロの世界で結果を出し続けてきた青木さんの言葉だからこそ、桐生南ポニーリーグの選手たちの心にも響くものがあったようです。キャプテン・黛天堵(まゆずみ・そらと)さんは「意識していることのレベルが高くて、すごかった」と興奮気味に語ります。

「打席に入る時の意識とか、ポイントを前で打つこととか、すぐに実践できることがたくさんありました。今日の練習からやってみようと思います。でも、いちばん心に残ったのは、毎日練習を積み重ねて絶対に諦めなければプロになれるってことです」(黛さん)

青木マジック炸裂!? レジェンドの指導でバッティングが劇的に改善!

青木さんの力強いエールに勇気付けられたあとは、グラウンドに出てバッティング練習です。

フリー打撃を見守る中、青木さんが声を掛けます。気になったのは前手(投手側の手)の使い方。細かくフォームの修正点を伝え、素振りで確認し、再び打ってみると……選手の打球が見違えるように鋭くなりました。周囲から「おおー!」と歓声が上がります。

また別の選手には、体重移動のための股関節や膝の使い方を指導。こちらも細かくフォームを修正した後、素振りやティーバッティングで確認し、フリー打撃へ。またもや目に見えて打球の鋭さが上がります。青木さんの“マジック”のような指導に、再び周囲から歓声が上がります。

選手の特徴を一瞬で捉えて修正点を論理的に説明し、即結果につなげる指導には、謝敷監督はじめコーチ陣も思わずうなってしまうほど。身体の構造や力学を根拠にしたフォームの説明、体幹トレーニングの重要性を説く姿には非常に強い説得力がありました。

3年生の佐藤泰誠(さとう・たいせい)さんは、「股関節の使い方の指導がとても良かったです」と目を輝かせます。

「僕の場合、体全体が大きく回って外に力が逃げてしまう癖があったので、体全体で回るのではなく、股関節を内に入れるという指導をしていただきました。そうしたら、結構軽く振ったつもりだったのに、打球がすごく伸びて……。この経験を無駄にしないように、これからの野球人生にしっかり生かして、将来は青木さんを超えることを目標に頑張りたいです」(佐藤さん)

練習終盤では、青木さん自ら木製バットを持ち、打席に立ってバッティングを披露します。力感のないフォームから放たれる特大打球の連発に、ネット裏からは何度も驚きの声が上がります。

 監督の謝敷さんは「最高の時間でした」と野球教室を振り返ります。

「中学生にも、小学生にも伝わるような言葉を選んで話をされていて、超一流とはこういうことなんだと思い知らされました。私自身もずっと憧れてプレーを見て学んでいた選手だったので、野球少年に戻ったような気持ちです。青木さんの話を聞く子どもたちの表情もどんどん変わっていって、だんだん覚悟が生まれてくるような感じがありました」(謝敷さん)

【青木GMインタビュー】「挑戦」の中で気付いた周囲への「感謝」が、次の「挑戦」の原動力に

野球教室終了後、中学生たちとの交流を終えた青木さんにお話を聞くことができました。 

本日はお疲れさまでした。子どもたちに指導をしてみて、いかがでしたか?

青木:楽しかったです。やっぱり子どもたちと触れ合うと心が洗われるというか。今はGMという立場なので、選手の時とは違う目線で野球に携わっていて、デスクワークも増えました。今日のように自分でバットを持って、振って、身体の使い方や打ち方、考え方を説明すると、童心に帰るような気分になるんです。今の仕事ももちろん好きですが、こうして現場で野球をやるのはやはり楽しい。野球の楽しさを感じる瞬間ってこういう時だと思います。また頑張ろうと思いました。

的確で論理的な指導が印象的でしたが、それと同じくらい「諦めないこと」という熱いお話も印象的でした。ただ、諦めずに継続することは、簡単なようで難しいですよね。

青木:そうなんです。だから「思い」が大事だと僕は思っていて。僕もこれまで何度も失敗しましたが、そこで諦めずに、人に聞いたり、自分で調べたり、探したり、そんなふうに行動に移せたのは、常に「高い目標を持ち続けた」ことと、「絶対にやってやる」という思いの強さがあったからだと思います。

青木さんは2026年1月に東京ヤクルトスワローズのGMに就任されました。この新たな挑戦に対して、どのような決意があるのでしょうか?

青木:一番の思いはスワローズの礎を築くことです。昨年は最下位になりましたが、全てが悪いわけではありません。変えなければならないことがたくさんある中、良いところもたくさんある。いかに良い伝統を残し、ヤクルトらしさを失わずに新しいものを生み出せるか。今はその作業に注力しています。軸をぶらさずに中長期のビジョンを持ち、現場とも話し合いながら、GMとしてうまくコントロールできればいいなと思っています。

青木さんは引退されてすぐにGM補佐、そして1年でGMに就任と、休むことなく挑戦されていますが、新しいことに挑戦し続けるモチベーションの源泉は何なのでしょうか?

青木:やっぱりスワローズでプロになり、スワローズに育ててもらったことへの「感謝」があります。自分からチームを離れてアメリカに行ったにも関わらず、こうして自分との縁を切らずにいてくれたことに感謝しかないんです。自分がしてもらったことを、今度はスワローズに還元したい。だから、他の球団でGMをやりたいとは全く思いませんでした。スワローズのために何かできないか、根本にあるのはその思いです。

アメリカで6年間、7球団を渡り歩く中で、いろんなチームのやり方を見てきました。チームによっていろんなやり方やパワーバランスがあるんです。そういうのを見て、感じて、いつかスワローズのGMになりたい、スワローズの礎を築きたいと思うようになりました。

20代のうちにシーズン200本安打を2度も達成し、「自分はこれだけチームに貢献したんだ」と奢るような気持ちが生まれてもおかしくないのに、青木さんはむしろその逆で、周りに支えられてきたという気持ちが強いんですね。

青木:正直に言うと、若い頃はそこまで思えていませんでした。自分としては感謝の気持ちを持っていたつもりでしたが、まだまだ薄かったと思います。本当に感謝できるようになったのは、アメリカに行ってから。異国の過酷な環境で活躍するには、生活からチャレンジすることになります。すると、助け合える人が実は身近に少ししかいないことに気付くんです。

そうした中、妻や子どもと向き合い、通訳さんやトレーナーさんと向き合い、マネジメントと向き合う。その経験を通して、これまで自分はいろんな方々に支えられてきたんだと実感したんですね。だから、お世話になった方々のためにも頑張りたい、そう思うようになりました。

最後に、夢に向かって挑戦する子どもたちにメッセージをお願いします。

青木:チャレンジするってきついことですよね。でも、本当にプロ野球選手になりたかったら、「なる」と腹をくくるべきだと思うんです。「自分はプロ野球選手になれるんだ」と本気で思ってほしい。その思いが行動を変えます。

自分の場合は、高3夏に県予選で負けた時、初めてそんな思いを持つことができました。「なんで俺はこんなに好きな野球をこれほど後ろ向きにやってきてしまったんだ」と、後悔しかなくて……。本気になれなかった自分を心の底から悔やんで、「こんな人生にしたくない」と思ったんですね。そこからのスタートでした。

そうやって腹をくくることができれば、環境のせいにもしないし、才能のせいにもしなくなる。今は調べれば何でも情報は出てくる時代です。どんな人にも可能性は開けていると思います。だから、強い信念を持って頑張ってほしいですね。

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