2025年11月、箱根強羅に誕生したオープンハウスグループ初の直営ホテル「KÚON 箱根強羅」は、「お茶と和菓子で五感をひらく、唯一無二のデザイナーズホテル」を掲げ、これまでにない滞在体験を提案しています。
その世界観の核となる“和菓子”を監修したのが、「印象を和菓子に」をコンセプトに活動する和菓子作家の坂本紫穗さんです。多彩なクライアントに向けてオーダーメードの和菓子を手がける坂本さんは、その感性で「KÚON 箱根強羅」の価値をどう創り上げたのか。その新たな可能性を切り拓こうと挑戦する姿勢に共鳴した「O-EN HOUSE PROJECT」では、坂本さんのこれまでの歩みや和菓子と向き合う情熱をひも解き、このホテルのために生み出された和菓子の背景に迫ります。
(2025年12月に取材)
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坂本 紫穗
和菓子作家。栃木県宇都宮市出身。大学卒業後にIT業界に就職し、28歳で独立。独学で和菓子づくりを学び、日常の情景や感情を映し取る和菓子作家として活動。企業の商品・デザート監修やブランド・アーティストとのコラボレーション、国内外での和菓子教室・ワークショップ開催に加え、近年はブランディングやコピー・コンセプト開発、子ども向け和菓子のレシピ開発にも取り組む。
和菓子作家。栃木県宇都宮市出身。大学卒業後にIT業界に就職し、28歳で独立。独学で和菓子づくりを学び、日常の情景や感情を映し取る和菓子作家として活動。企業の商品・デザート監修やブランド・アーティストとのコラボレーション、国内外での和菓子教室・ワークショップ開催に加え、近年はブランディングやコピー・コンセプト開発、子ども向け和菓子のレシピ開発にも取り組む。
最後は自分の感性にすべてを委ねたい
―和菓子作家としての坂本さんの経歴を簡単にご紹介いただけますか?
オーダーメードの和菓子を一つの作品として制作・監修しています。茶会への和菓子提供をはじめ、化粧品やジュエリーなど多様なブランドとのコラボレーション、映画・美術・工芸など異分野とのプロジェクトにも携わり、和菓子の表現の可能性を広げてきました。近年は菓子メーカーやレストラン、美術館などからも依頼を受け、スイーツやデザートの監修を多く手がけています。
―坂本さんは足かけ6年の会社員生活を経て、和菓子作家に転身されましたが、「作家」という道を選んだのはなぜでしょうか。
おそらくそれは「やりたいようにやりたかった」からです。会社員として働く中で、どうしても「誰かの方針に従って動く」ことに馴染めませんでした。何でも自分で考えて決めたい性分で、上司とはぶつかることもありました。会社員としてうまく立ち回れない自分に、正直がっかりしていました。
悩み抜いた末に行き着いたのは、生まれ持った性分は変えられないという結論です。だったら会社員を辞めて、自分で自分の居場所をつくろうと。そこで当時夢中になっていた和菓子を仕事にし、作家として活動をしていく道を選びました。すべてを自分の裁量で判断し、誠心誠意、本気で和菓子の仕事に向き合おうと思ったのです。
会社を辞めた時、当たり前ですが、手元に残った身分証明書は運転免許証と国民健康保険証、そしてパスポートだけ。どこにも所属していない身の上を感じました。駆け出しなので信用も、収入もなく、先の見通しも立たない中、最初の数年間は、和菓子の勉強や研究はもちろん、いつ日の目を見るかも分からない自分の和菓子レシピを一人黙々と作り続ける日々でした。
―飛び込んだのは伝統と格式ある世界ですが、どのように自身のスタイルを確立していったのでしょうか。
一番大きかったのは、どこかのタイミングで「自分の感性を100%信じる」と決めたことです。作家を名乗る以上、和菓子の技術やセンスだけでは足りません。依頼主との向き合い方や仕事の進め方、現場での立ち居振る舞いまで、すべてに自分なりの判断が求められます。美味しさ一つをとっても正解のない和菓子の世界で、何をよりどころとするか。私はその軸を自分に置きました。何が好きで、何を心地よく感じ、何を良しとするのか。自分を信じ、「これがいい」と思うベストを尽くす。その積み重ねで、自分らしいスタイルが少しずつ形になったと思います。

―その中でも、坂本さんの和菓子作りに影響したことはありますか?
大きな転機が二つあります。一つは、和菓子を完璧に均一に作れず悩んでいた時、ある方から「だから素敵なんですよ。ひとつひとつに紫穗さんらしさが出ていて。」と言われたことです。あくまで私の場合はですが、完璧にそろえることよりも、一つひとつが生き生きしていることの方が大切だと気付きました。椿の和菓子なら、しべの向きを画一的にそろえるのではなく、花びらや色の表情を見て、その花に最もふさわしい形に仕上げる。一つひとつに魂を込める和菓子作りが私のスタイルになりました。
もう一つは、代表作「ひとしずく」の完成です。憂鬱にも感じられる雨を「恵み」と捉え、一粒の和菓子で表現したいと思ったのが始まりでした。みずみずしさと透明感、好奇心をそそり吸い込まれるような水色、重力に引かれ地へ向かう雨粒の重み。思い描いた「雨」を和菓子として形にした時、「自分が作りたいのはこれだ」と、進むべき道が開けたように感じました。そこから、目に見えない印象や想いを和菓子で表現する「印象を和菓子に」というコンセプトが生まれました。
日常から遮断されたホテルの世界に、どっぷりと浸れる和菓子
―「KÚON 箱根強羅」の和菓子監修を依頼された時、どんな点に共感し、プロジェクトへの参加を決めましたか?
まず、お茶と和菓子がテーマのホテルであることに共感しました。お茶や和菓子のような情緒的で繊細なものを軸に、ホテルの空間や時間の流れを構成する。その斬新な発想に、和菓子作家として強く心を動かされました。
また、「現代を生きる人が立ち止まれる居場所」というコンセプトにも共感しました。分かりやすいハード面の魅力を打ち出すのではなく、訪れた人が日常から離れ、自分と向き合う時間に価値を見いだす。かなり尖ったコンセプトですが、それだけに私の心に深く響いたんです。

―「KÚON 箱根強羅」が描くその世界観を、和菓子でどのように表現したのでしょうか。
滞在中の時間や空間に合わせて和菓子をご提案するのが、「KÚON 箱根強羅」のスタイルです。そこで目指したのは、日常から遮断されたKÚONの世界に、どっぷりと浸れる和菓子。従来のように和菓子単体で主張するのではなく、滞在の流れの中で、どのような在り方なら心地よく没入できるかを考えました。
例えば、夜のバーでお出しする「くずねり」は、なめらかな口当たりが特徴の和菓子です。私はこのお菓子を昼の席ではなく、夜の時間にご提供するのはどうかと考えました。舌の上で溶けていくような柔らかさは、1日の終わりにバーでまったりと過ごす時間にこそふさわしい。その風味をお酒とともに味わいながら、夢見心地のひとときを過ごしていただけたらとご提案しました。

シグネチャー菓子の「nocturne」(ノクターン)という菓銘にもKÚONの世界観を重ねています。私の和菓子は抽象度が高いものが多いので、通常であれば日本語訳の「夜想曲」を添えてイメージを補足したかもしれませんが、今回は補足せずとも十分だと感じました。意味を理解するよりも、感じるまま自由に楽しんでほしい。そう考えて、和菓子のフォルムや味の余韻を音にしたようなnocturneという菓銘を選びました。

―「KÚON 箱根強羅」代表の渡部 達也をはじめ、ホテル側からはどんなリクエストがありましたか?
渡部さんからは「坂本さんが得意とする印象的、抽象的な和菓子を」とだけで、基本的に細かな指示や要望はありませんでした。印象に残っているのは、お正月のお干菓子で梅のモチーフをご提案した時のこと。「もっと坂本さんらしい抽象の作風に寄せていいと思います」と返してくださって。
普段は、「印象的に」と言われつつも、「少し分かりにくいから、どこかにヒントになるモチーフを入れましょうか」などと落としどころを探すことが少なくありません。でも渡部さんは、誰が見ても「梅」と分かる表現ではなく、受け取る側の感性に委ねる和菓子を一貫して求めてくださり、私はそこにゲストが自由に心を解き放てる場を理想とする、「KÚON 箱根強羅」の思想を改めて感じました。そして「しっかりと“印象”に寄せていいんですね」と内心ニヤリ(笑)。喜んで、次のご提案をさせていただきました。
「人は想像している以上に優しい」と挑戦したからこそ知れた
―「KÚON 箱根強羅」の和菓子監修を経て、和菓子に対する見方に変化はありましたか?
大きく変わったのは、和菓子が関わる「時間」の捉え方です。これまでは、イベントやお茶会、レストランのデザートなど、長くても1〜2時間程度のスポットで楽しんでいただくご提案が中心でした。一方、「KÚON 箱根強羅」では、滞在の始まりから終わりまで、長い時間の流れに寄り添う和菓子を考える。このスケール感がとても新鮮でした。滞在の記憶として残り続ける和菓子の在り方を模索し、可能性はまだ広がると感じました。
―「KÚON 箱根強羅」を訪れた人には、どんな時間を過ごしてほしいですか?
忙しい日々では立ち止まって考える余裕がなく、本当の自分から目を背けてしまいがちです。だからこそ、ここでは、ありのままの自分と出会い直すような時間を過ごしてもらえたら。
私は、この20年、仕事を通して自分と向き合い続けてきました。本当は何が好きで、どうありたいのか。食べ物が好き、きれいなものが好き、表現したい、人を喜ばせたい_。向き合う中で多くのものが見えてきて、そんな自分を知るほど、自分を好きになれました。そして自分の感性や個性を大切にできるようになると、周りの人のことをもっと大切にできるような気がしました。「KÚON 箱根強羅」が、良い循環を生み出す場所になれたらと願っています。

―最後に、坂本さんが会社員から新しい道へ踏み出した時のように、これから何かに挑戦したいと思っている読者へメッセージをお願いします
まず伝えたいのは、人は想像している以上に優しいということです。私もこれまで、たくさんの人に応援されてここまで来ました。独立後、不安に押しつぶされそうになりながら創作に向き合っていた私に、お茶会のお菓子をご依頼してくださったり、人を紹介してくれたり、「どうすれば力になれる?」と声をかけてくれる方もいました。不安のどん底で受ける優しさは心に染み、「人ってこんなに温かいんだ」と感極まって泣いたこともあります。それと同時に、応援してくれる気持ちを無駄にしてはならない、頂いたチャンスを200%活かし良い仕事をして喜んでもらいたい。心底そう思えたことが大きな力になりました。
打算なく本気で向き合う姿は、人の心にちゃんと届きます。そして、適したタイミングで手を差し伸べてくれます。だからまずは、自分がやりたいことを一生懸命にやってほしいです。きっと応援してくれる人が現れる、無駄なことは何ひとつなく努力は必ず実を結ぶと思っています。

誰かの「かなえたい」を応援したい。
がんばる皆さんの想いに寄り添うサポート活動、
それがO-EN HOUSE PROJECTです。
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