OPEN HOUSE GROUP
O-EN HOUSE PROJECT
  1. HOME
  2. 記事一覧
  3. 学生は、企業は、地域に何ができるのか。東大×オープンハウスで取り組む、水上温泉街再生
学生は、企業は、地域に何ができるのか。東大×オープンハウスで取り組む、水上温泉街再生

学生は、企業は、地域に何ができるのか。東大×オープンハウスで取り組む、水上温泉街再生

オープンハウスグループは「地域共創」をテーマに、不動産開発の枠を超えた地域再生・地方創生に取り組んでいます。なかでも、群馬県みなかみ町・群馬銀行・東京大学と産官学金が連携して取り組んでいる、温泉街の再生プロジェクトには大きな注目が集まっています。

本記事では、温泉街再生に向けたリサーチやビジョン策定を担当し、廃墟を利活用したイベントの企画・運営も担う東京大学工学研究科都市デザイン研究室の永野真義先生と研究室のメンバー、オープンハウスグループでプロジェクトリーダーを務める横瀬寛隆の座談会を実施。みなかみ町再生の機運を高め、まちに賑わいを取り戻しつつあるイベント「ミナカミ・ミライ・マルシェ」「まるごとアトリエプロジェクト」に焦点を当て、なぜこうしたイベントが生まれ、そこから地域にどのような変化が起きているのかを紐解きます。

  • 永野 真義

    東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 都市デザイン研究室 助教。一級建築士。
    1986年、大阪府生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院工学系研究科都市工学専攻修了。2011年より大手組織設計事務所にて、公共施設や都心大規模開発プロジェクト、超高層オフィスビルのリノベーションプロジェクトなどを担当。2016年に研究の道へ戻り、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻都市デザイン研究室特別助教、2017年より現職。各地で都市デザインや地域活性化プロジェクトに取り組む。

    東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 都市デザイン研究室 助教。一級建築士。
    1986年、大阪府生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院工学系研究科都市工学専攻修了。2011年より大手組織設計事務所にて、公共施設や都心大規模開発プロジェクト、超高層オフィスビルのリノベーションプロジェクトなどを担当。2016年に研究の道へ戻り、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻都市デザイン研究室特別助教、2017年より現職。各地で都市デザインや地域活性化プロジェクトに取り組む。

  • 長野 初海

    東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 都市デザイン研究室 修士課程1年(取材当時)。

    東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 都市デザイン研究室 修士課程1年(取材当時)。

  • 岡田 耀

    東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 都市デザイン研究室 修士課程1年(取材当時)。

    東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 都市デザイン研究室 修士課程1年(取材当時)。

  • 横瀬 寛隆

    オープンハウスグループ サステナビリティ推進部 副部長。
    1987年、東京都生まれ。大手組織設計事務所、外資系不動産ディベロッパーを経て、2018年にオープンハウスグループ入社。一級建築士として大規模複合再開発の建築意匠設計、レジデンス開発やアクイジション業務などに携わった経験を生かし、群馬県を中心に展開している地域共創事業の責任者を務める。

    オープンハウスグループ サステナビリティ推進部 副部長。
    1987年、東京都生まれ。大手組織設計事務所、外資系不動産ディベロッパーを経て、2018年にオープンハウスグループ入社。一級建築士として大規模複合再開発の建築意匠設計、レジデンス開発やアクイジション業務などに携わった経験を生かし、群馬県を中心に展開している地域共創事業の責任者を務める。

“同期のつながり”が縁となり生まれた、コラボレーション

ーーまず永野先生にお伺いしますが、「ミナカミ・ミライ・マルシェ」と「まるごとアトリエプロジェクト」はどういった取り組みなのでしょうか?

永野:「ミナカミ・ミライ・マルシェ」は、元々「廃墟再生マルシェ」という名称で2022年から実施していました。水上温泉街で廃墟同然になっていた古い建物の価値と可能性を再発掘し、自分たちに何ができるのか、地域のみなさんと一緒に考える社会実験として年に1回開催しているイベントです。

水上温泉街には象徴的な廃墟が2つあります。1つは旧「一葉亭」と呼ばれる廃旅館で、温泉街のなかでも最も大きい廃墟です。この旧「一葉亭」は建物を減築したうえで、ホテルや温浴施設、パブリックスペースなどを含めた複合施設として蘇らせ、温泉街の新たな拠点にしていく計画になっています。

もう1つ、温泉街の裏路地に、旧「ひがき寮」と呼ばれる、かつての従業員のための寮があります。この旧「ひがき寮」を手入れして、第一回のマルシェの舞台として活用したんです。そこをイベントだけではなく、継続的に拠点として使っていけるようにしようというのが「まるごとアトリエプロジェクト」です。

ーーでは、今回のプロジェクトにおけるみなさんの役割について教えてください。

永野:産官学金4者の連携の中で、私たち「学」の役割は、広い思考回路と若い視点でアイデアをたくさん出すこと。そのために学生は何度もみなかみ町を訪ね、地域の方々にたくさん話を聞いてリサーチを進めます。それらを元にミーティングを重ねていろんな形でアイデアをまとめ、産官金のプロフェッショナルや地域の方々にぶつけていきました。

横瀬:いただいたアイデアをどのように経済的に持続可能な事業スキームに落とし込むか、資金をどう工面するかを担当するのが、「産」である我々オープンハウスの役割です。「官」の立場のみなかみ町さんには、地元との連携や細かい調整、今回は特に、学生さんたちのリサーチの基盤づくりや、建物の減築再生に伴う国や県との折衝や公募を通じた事業者募集で多大なるご協力をいただきました。「金」を担う群馬銀行さんに関しては、地域の事業者さんにお声がけする際のネットワークや補助金に関するコンサルティング、さらには事業を進める際の資金調達などでお世話になっています。

ーーなるほど。ちなみに、永野先生と横瀬さんは、前職の設計事務所で同僚だったそうですね。

永野:我々は新卒時代の同期なんです。横瀬さんとは、他の同期社員も含めたチームで一緒にコンペに出たこともありました。

横瀬:徹夜で資料を作ってプレゼンに行きましたよね(笑)。

永野:だから、お互いの仕事の仕方や熱量をよく分かっているんです。

ーーそうした背景があり、横瀬さんは永野先生に声をかけたんですね。

横瀬:そうですね。今回のプロジェクトのはじまりは旧「一葉亭」の再生だったんですが、旧「一葉亭」を単体で甦らせてもなかなか先には繋がらないのではないかと感じていました。もっと広い目線で検討できる人の力が必要だと考えた時、永野先生の顔が思い浮かんだんです。ちょうど私が不動産業界に進んだタイミングで、永野先生が研究の道に戻ったのも、縁を感じました。

ーー永野先生はこの話を横瀬さんから聞いた時、どのように感じましたか?

永野:当時はみなかみ町のことをあまり知らなかったのですが、私は横瀬さんの「見る目」を信頼しているので、彼が言うなら本当に可能性のある場所なんだろうなと思いました。研究室としても、これからの地方部・中山間地域における地域づくりの持続的なあり方を学ばせていただく場所としてとても良いと感じたので、プロジェクトに参加させていただくことにしました。

学生中心の運営から「地域で自走」できるイベントへ

ーー学生のおふたりは、なぜこのプロジェクトに参加しようと思ったのでしょうか?

長野:都市デザインや都市工学を学んできて、今まで学んだことをまちで実践してみたい気持ちが強くなったためです。実は私の地元も空き家や空き地が年々増えていて、そういう景色を見てきたことがまちづくりに興味を持ったきっかけだったんです。将来的に地元に貢献したいと考えて大学に入ったので、このプロジェクトに関われるのは幸運だと感じています。

岡田:みなかみ町のプロジェクトはただ現状を調査するだけでなく、旧「一葉亭」はじめ大きな廃墟がたくさんあり、具体的に設計の提案ができるところが魅力でした。学部生時代から設計が好きでしたし、しかもリアルな場所で提案できるのはとてもいい経験になると思って参加しました。

ーー最初にみなかみ町に行った時、どう感じましたか?

長野:初めて行ったのは学部生だった4年前ですが、正直に言うと「本当に温泉街なの?」という印象でした。こんなに大きい廃墟がたくさんあるところは見たことがなかったので……。

岡田:僕も同じです。温泉街では、旧「一葉亭」をはじめ小さな空き店舗の再生も着実に進んでいる一方で、まだ目につきやすい場所に残る空き店舗や空き地も多いので、今でもまちを歩くたびに、最初と同じように新鮮な危機感を抱きます。まちが本当に変わるのは旧「一葉亭」が再生されてその効果が波及してから、つまり僕たちが卒業してからなんですよね。

ーーみなかみ町にはどれくらいのペースで行っているんでしょうか?

岡田:大学院生になってプロジェクトに中心的に参加するようになってからは、月に1回以上は行っています。マルシェなどのイベント前はさらに頻度が増えて、滞在する期間も長くなります。

ーーそうしたなかで2022年から「廃墟再生マルシェ」がはじまるわけですが、どういった背景があったのでしょうか。

岡田:この温泉街再生プロジェクトで肝になるのは旧「一葉亭」の再生ですが、完成までにはある程度時間がかかります。産官学金だけで進めるのではなく、再生の途中経過を共有することで、少しずつまちが変わりつつある実感を地域のみなさんに持ってもらえる機会をつくろう、また、そうした機運を高めようとはじまったのが「廃墟再生マルシェ」でした。

ーーその名称を2025年から「ミナカミ・ミライ・マルシェ」に変えたのには、どのような思いがありましたか。

永野:「廃墟再生マルシェ」という名称は、ある種、外からの目線による名称でした。「廃墟」という一見ネガティブな言葉を敢えて掲げることで、メディアに注目されたり、みなかみ町が再生をはじめたイメージが世間に伝わったりするなどインパクトがあり、導火線に火をつける役割を果たしてくれたと思っています。

しかし続けるうちに参加するプレイヤーが増えてきて、今では廃墟ではない場所も会場として使っているし、温泉街=廃墟というイメージをつけすぎるのもどうかという声もあったんです。もっと多くの人がいろんな角度から参加しやすい名称にしたほうがいいのではないかと議論した結果、現在の名称になりました。

岡田:名称だけでなく、運営も変化したと思います。以前は学生を中心とした産官学金メンバーでなんとか企画運営を回している状況でしたが、前回のマルシェでは、一部の会場を温泉街の方々が主体的にプロデュースしてくださりました。産官学金の手を離れて、地元だけで自走できるイベントになりつつあると感じています。

長野:「廃墟再生マルシェ」の頃は、廃墟という場所に興味がある方が来てくださることが多かった印象です。それが「ミナカミ・ミライ・マルシェ」になって層が広がったように感じました。道の駅などに遊びにきた人がふらっと寄ってくれたりもして。

ーーでは「まるごとアトリエプロジェクト」についても伺えますか。こちらは、マルシェでも使用していた旧「ひがき寮」を日常的に使えるようにしていく試みですが、どういった経緯ではじまったのでしょうか。 

岡田:「まるごとアトリエプロジェクト」は、旧「ひがき寮」をもっと頻度高く、最終的には毎日でも訪れることができるような場にするため、地域の人たちが温泉街再生の過程に触れ、関われる余地をつくる場にしていくためにはじまったプロジェクトです。

旧「ひがき寮」は、最初は雑草に覆われているような状態でしたが、学生が地元の方をお誘いしながらみなかみ町に行く度に少しずつDIYで整えていったんです。内装を壊すところから始まり、新しい床を敷き、土間打ちして、電気を通して照明やトイレを整え、キッチンを作り……。

ーーそれらすべてをDIYでやるのはすごい労力ですよね。

長野:そうですね。でも大変なだけじゃなく、嬉しいこともあります。DIYを続けているうちに、地元の方が顔を出してくれるようになったんです。私たちが作業をしていると、かつて従業員として旧「ひがき寮」に住んでいた方が来てくれて、お話ししてみると再生されることをすごく喜んでくれていて。

岡田:将来的には、アートやものづくり、アップサイクルなどの活動を行う人が、創作や展示・販売の場として使うシェアアトリエのような場所にする予定です。

各プレイヤーが率直に意見をぶつけ合うことで、地域を盛り上げていく

ーープロジェクトを進めるなかで、大変だったことはありますか?

岡田:DIYや、イベント前の力仕事は骨が折れます。解体前の廃旅館から救出したテーブルや椅子など、数が限られた備品を温泉街各地のマルシェ会場へ運ぶのが結構、重労働でした。ビジョンの作成などは、自分たちの好きなことなので、時間はかかっても苦にならないです。

長野:同感です。調査をしたり提案をまとめたりするのは、日頃からやっているのでしんどくはないですね。やっぱり大変だったのはマルシェの準備。準備が追いつかなくて、直前までみんなで頑張っていました。

ーー岡田さんと長野さんは、この経験を通して成長したと感じる点はありますか?

岡田:間違いなく成長したと感じているのは、提案を煮詰めていく力です。自分の提案を多くの人に叩いてもらい修正する、この繰り返しができたのは、とても良いトレーニングになりました。永野先生や横瀬さんをはじめ、役場の方々も地域の方々も、学生だからと子ども扱いせず、プロジェクトメンバーのひとりとして対等に議論をしてくださったんです。大学院を修了するまでには、永野先生や横瀬さんも思いつかないような、学生だからこそ提案できる温泉街の将来像を残したいと考えています。

長野:大学の演習や研究ではどうしても俯瞰の目線になってしまいますが、これだけ地域の中に入り込んで地域の方々と話しながら提案できたことは、このプロジェクトでしかできない経験だと思っています。まちに関わる自分のスタンスに大きく影響したと感じています。

私は就職先が決まっていて、入社後は都心部での仕事が中心になる予定です。目指すべきことやまちとの関わり方は、今とは違ったものになるかもしれません。それでも、そのまちで日々暮らしている人がいることを忘れず、常にまちの未来を一番に考えられるように、みなかみ町で得たものや培った信念を曲げずにやっていけたらと思っています。

ーーでは最後に、地域活性化を目指し、挑戦をされている方々に向けてメッセージをお願いします。

長野:私自身、学生の頃にこういったプロジェクトに参加してさまざまな提案をさせてもらった経験があり、当時、地域の方々が広い心で受け入れてくれたことがすごく嬉しかったです。大学とまちがしっかり連携することは、まちづくりを進めるうえでポジティブに働くと思っています。
その上で、例えばアイデアが地域になじまないといった厳しいご意見をいただくことは、もちろんショックもありますが重要なことです。なんとか巻き返さなければと奮起するきっかけになりますし、提案のレベルも確実に一段上がります。地域と学生が良い意味でぶつかり合える関係を築くことができれば、地域にとっても学生にとってもWin-Winになるのではないかと思っています。

横瀬:地方衰退や廃墟問題など、一見すると「マイナス」に見える課題の裏には、実はとてつもなく大きな「挑戦のチャンス(余白)」が眠っています。 オープンハウスは、これからも目標に向かって挑戦する人、組織、地域を全力で応援します。まだまだ道半ばではありますが、みなかみ町で一定の成果を上げられたのは、情熱を持った学生や地域の方々が行動を起こしたからこそ生まれました。「何かを変えたい」という想いがある方は、ぜひ我々にお声がけ頂きたい。私たちはその挑戦の舞台を共に創るパートナーでありたいと思っています。

前の記事 次の記事

誰かの「かなえたい」を応援したい。

がんばる皆さんの想いに寄り添うサポート活動、
それがO-EN HOUSE PROJECTです。